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山口地方裁判所 昭和35年(ワ)56号 判決 1965年11月22日

原告 森篤

被告 国

訴訟代理人 川本権祐 外四名

主文

被告は原告に対し金二五〇万円およびこれに対する昭和三二年五月三二日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金八〇万円の担保を供するときはその勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一  成立に争いがない甲第一号証、同第一五、一六号証同、第一八号証、証人尹権世、同康興玉の各証言によれば、別紙物件目録(一)記載の船舶栄福丸はもと訴外尹権世、同呉泰春、同李時運、同金山三寿、同梁致奎の共有に属していたが韓国人名義では登記できないため泰呉春の妻である訴外西島春江の所有名義で登記されていたこと、右尹はその後共有者の権利を譲受けてこれを単独で所有することとなり、昭和三一年一二月二〇日訴外康興玉に対しこれを売却し、同月二五日右西島から訴外広瀬敏子名義に所有権移転登記手続がなされたこと、さらに右康は昭和三二年二月一〇日同人の債権者であつた原告に対し本件船舶を代金二一〇万円で売渡し、同月一九日右広瀬から原告に対しその所有権移転登記手続がなされたことが認められる(本件船舶につき船舶登記簿上右認定のような所有権移転登記の記載があることについては当事者間に争いがない。)。

二  下関社会保険出張所長岩佐貞三が昭和三一年一二月一一日右西島に対する同年二月分から同年五月分までの滞納船員保険料および延滞金合計四万〇、三二一円を徴収するため健康保険法および国税徴収法に基き本件船舶を差押え、同年一二月二四日その旨の登記手続をなし、昭和三二年五月二二日これを公売に付したこと、右公売により訴外小寺一夫が本件船舶の競落人となり、同月二五日右公売を原因とする所有権移転登記手続を経由し、原告は登記簿上本件船舶の所有名義を失つたことは当事者間に争いがない。

三(1)  前掲甲第一五、一六号証同第一八号証並びに証人尹権世、同康興玉の証言に徴すると、栄福丸が康興玉さらに原告の所有に移つてからも、かつての登記名義人西島春江の甥であり、且つ代理人であると自称する(この点成立に争いのない甲第一四号証及び証人小川忠美の証言によつて認める。)吉村宏こと金慶能及び崔こと三山某こと崔頭等は、同船につき仮処分などを申請しその所在を移動隠匿しまわり、原告に火中の栗を拾うようなことはするなと脅しをかけていたことが認められ、証人小川忠美(当時の下関社会保険出張所徴収課長、この点争なし)の証言に徴すると、同人等は原告が栄福丸を捜しているので、これを渡さないようにしているなどの内輸話を同課長に洩らしていたことが認められる。

さらに前掲甲第一四号証及び証人小川忠美の証言に徴すると、金慶能は滞納保険料等徴収金の督促のあつたことを真実の権利者に秘した儘、前記小川課長と接衝の末、昭和三二年五月二一日頃、栄福丸を公売して欲しい。お互に示談でやると価格がきまらぬから、公平な値段で公売して欲しいが、大体七〇万円から九〇万円位のものと思うなど廉価の公売希望を、同課長に打ち明けたことが認められる。当時栄福丸の時価が少くとも二五〇万円程のものであつたこと後記のとおりであり、また証人尹権世、同廉興玉、同岡本市郎の各証言並びに鑑定人宇留島篤弘の鑑定の結果を綜合すれば、当時本件船舶には少くとも五万五千円相当の別紙物件目録(二)記載の予備品が備付けられていて、これを任意売却処分しさえすれば事実上、滞納徴収金による差押の負担を免れ得たであろうことが認められるから、栄福丸の真実の所有者であるならば、僅か四万円余の滞納徴収金支払のためにこれを廉価に公売して欲しいなど申出るわけがないこと位は、同課長が通常人の注意を払つたならば容易に看破できた筈である。

(2)  前掲甲第一四号証ないし第一六号証、成立に争いのない甲第三号証並びに証人小川忠美の証言に、本件公売公告が昭和三二年五月一七日付でなされ、同月二二日公売が執行されたとの当事者間に争いのない事実を綜合すると、前記西島の公売依頼の日を遡る五月一七日付の公売公告は、ことさら公売執行を早める意図を以てなされたものと解せざるを得ず、当時の国税徴収法施行規則二二条所定の一〇日の期間を置かなかつたという手続上の違法にとどまらず、公売公告と公売期日との間に果して一定の期間が置かれたか否かすら疑わしく、このことは証人尋問の際小川課長も肯認せざるを得なかつたことが認められる。加うるに前記各証拠によつて、小川課長は当時栄福丸が兵庫県相生港に碇泊繋留中であることを知りながら、甲第三号証の公売公告に神戸市長田区細田町七丁目五を船舶の所在地として記載させたことが認められるごととをあわせ考えると、前記金、崔等は原告に栄福丸の所在を隠し秘密裡に公売手続を進行させようとし、担当係官である小川課長はその意図を当然察知し得た筈であるのに、故意又は重大な過失によつて、原告の、公売手続参加を困難ならしめたものと解せざるを得ない。

(3)  右栄福丸の公売に当つて、右出張所長が実見もしないままその価格を一五〇万円に見積つて公売に付したことは当事者間に争いがない。栄福丸が当時既に修理を完了し、定期検査も受け終つて居り、少くとも二五〇万円の価値を有していたことは、前掲甲第一六号証、証人尹権世の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる同第一九号証、並びに証人康興玉同岡本市郎の各証言、鑑定人宇留島篤弘の鑑定の結果によつて明らかであるのに、前記金慶能の詐称するままに、まだ定期検査が済んで居らず約一〇〇万円の整備費を要するものとしてその価格を不当に安く見積り、公売に付したことが前掲甲第一四号証、成立に争いのない乙第二号証の一ないし四、並びに証人小川忠美の証言によつて認められる。

しかして、三山こと崔頭が小寺一夫名義により金一五〇万円で本件船舶を買い受ける旨の入札をしたところが、右公売代金のうち滞納保険料等の徴収金に相当する金額以外の金員が全然納入されていないのに、小川課長は擅に、右代金を全額領収したものとして歳入歳出外現金領収済報告書(甲第九号証)を作成し、右西島及び訴外有限会社高本回漕店から右公売代金残余金の交付を受けた旨の領収証(同第六号証の一、二)が提出されたことについて、当事者間に争いがない。さらに成立に争いのない甲第一七号証に徴すると、本件船舶の競落名義人である小寺一夫は、「自分と吉村(金慶能)の保証名義を三山に貸しただけで、競落代金は三山に百万円貸したから支払われたらうとは思うがそこまでのことは知らない。右百万円は競落後一ヶ月位で返して貰つた。」と述べ、実質上の競落人が三山こと崔頭、又は吉村宏こと金慶能等であることを暗示している。この点成立に争いのない甲第六号証の一、二、同第八、九号証の日付はいずれも五月二二日付であるところ、成立に争いのない甲第七号証によつて、これより二日遅れた同月二四日付で右金の弟吉村こと金慶宝より代金全額受領の入電があつたことが認められることからすれば、小川課長は本件公売の当時、崔頭が落札名義人である小寺一夫の委任状を有しなかつたが、(成立に争いのない甲第一二号証)ともかく小寺が競落するものと考え、公売代金残余金の交付手続について一切金慶能、崔頭の両名を信用したものとも解せられるけれども(尤も成立に争いのない甲第五号証西島春江の(委任状)には同伴者小寺一夫と附記されているが、これは同課長がことさら虚構の記載をしたものであることが前掲甲第一四号証によつて明らかである。)前記(1) 判示の事情から滞納金を遙か上廻る船舶の廉価公売の申出を受けた小川課長としては特に公売手続の適正慎重を期すべき必要があることは通常人の誰しも気付くべきところであるのに公売代金が領収されない儘公売処分を解除(国税徴収法施行規則第二七条)することもなく、これを領収済として公売物件である栄福丸を、公売決定の上競落名義人でもない崔頭に引渡した(前掲甲第八号証)のは、たとえ故意によるとまでいい切れないにしても少くとも当然の注意義務を怠つた重過失であつて、右金、崔等の栄福丸買取(前記各証拠に照らすと果して公売代金の残額が後日崔頭より西島または金慶能に渡されたかどうかも、疑問といわざるを得ず、買取というよりむしろ乗取りの感が深い。)を容易ならしめたものということができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

四(1)  被告は、本件差押が有効であるかぎり公売決定により当然原告の栄福丸に対する所有権がなくなるのであるから、損害発生の時であるという沈没時には原告には侵害されるべき権利がないと主張するが、原告の主張の要点は小川課長、崔、金等の不法行為によつて、栄福丸の所有権を侵害させられたというにある。即ち、このとき既に不法行為の要件としての権利侵害があつたのであるが、その後の沈没によつて、もはや損害賠償以外のとるべき手段(公売処分無効確認、所有権に基く返還請求などの回収方法)を失つたというにあり、差押並びに本件公売処分の効力は、本件事案の帰趨に直接関係はなく、被告の右の主張は失当である。)

(2)  被告は、およそ国税滞納処分による差押後の処分行為によつて、差押物件の所有権を取得した者は、その処分行為は差押をなした国に対し一切無効であつて、差押が有効であるかぎり、その滞納処分にたとえどのような執行方法上の瑕疵があり担当係官にどのような故意、過失があるにしても、いやしくも自己の権利の取得を対抗できないかぎり、権利救済を求めるに由ないかのように主張する。しかしながら、自己の権利の取得を、国に対抗できないということは、あくまで権利変動の効果の対抗、即ち自己の権利の取得を、国の公売処分権、公売処分による競落人の権利取得との間における相互の優劣問題なのであつて、自己の権利自体が完全に否認されるということではないのである。換言するならば、差押物件を国によつて故意に滅失させられたような場合は勿論、たとえ滞納処分による場合であつても、所有者の権利保護に関する手続について違背があり、従つてその手続違背が同時に所有者に対する権利侵害と構成される場合には、差押債務者であると、差押後の新取得者であるとを問わず、いやしくも所有権者であるかぎり、その救済を求め得るのは当然の事理であつて、このことは差押の優先効により公売処分の効力が維持せられることとは、本来何の関係もないことである。抑々差押後の処分が差押をなした国との間において相対的に無効とされる趣旨は、国税徴収の目的を達するには、公売処分の円滑迅速な実行と、これにより競落人の権利取得を保護する必要があり、そのためにこそ差押物件の所有名義の変更を否認するというにあるのであつて、差押物件の処分を絶対的に禁止するものではなく、また右の必要を超えて、徒らに差押後の取得者の権利を無視するものでもなく、畢竟これに、差押債務者が国に対し主張し得る以上の地位を認めないというに尽きるといつてよい。従つて、公売処分の瑕疵が、直接所有者の権利保護に関係しない単なる手続上の違背にとどまるときは、差押後の新取得者はもともとその違法を咎める立場にないということができるけれども、本件のように、担当係官である小川課長の故意、過失が直接原告の権利の侵害に結びつくものであり、公売処分に参加した者はむしろ公売処分の名を借りて、これを利用し、原告の権利侵害を意図したとすら、みえる場合においては上記の対抗理論によつて保護さるべき法益はなく、その具体的な権利侵害の態様から、損害賠償請求権の成否を決すべきものと解せられる。

しかるに、小川課長は、本件船舶について紛争があることを聞知しながら、西島、金慶能、崔頭等の意図を知つてか知らずか、ことさら公売公告を遡らせてその執行を急ぎ、公売代金の納付もないのに公文書の偽造まであえてし(このため有罪判決を受けたことが、成立に争いのない甲第二〇号証によつて認められる。)、当然なすべき公売処分解除の措置もとらず、昭和三二年五月二二日漫然これを崔頭に引渡すなどの違法を重ねたことは、原告の公売手続参加の機会を奪い、公売の名目の下に、故意又は重大な過失によつてその権利を侵害したものというべく、その結果本件船舶は崔頭等の占有するところとなり、運航中前掲甲第一号証、成立に争いのない同第二号証によつて明らかなように昭和三二年七月二六日山口県角島灯台附近において沈没し、そのため原告をして公売処分の効力を争う利益も、本件船舶の所有権を回復する機会も喪失せしめたものであり、右公売代金未納付の儘なされた本件船舶の引渡は、明らかに公務員が公権力の行使に当り、故意又は過失によつて違法に原告に損害を与えたときに該当するというべきであるから、爾余の判断をするまでもなく被告国は国家賠償法第一条第一項に則り、その賠償をなすべきものである。

五  そこで損害額について判断すると、前記三の(1) で認定したように本件船舶の右昭和三二年五月当時の価格は約二五〇万円であつたとみられるから右小川課長の違法処分により原告は同額の損害をうけたことになる。

六  よつて被告は原告に対し右二五〇万円およびこれに対する前記公売決定及び本件船舶引渡の日以後である昭和三二年五月二三日から支払ずみまで年五分の損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容するがその余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法、第八九条、第九二条仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村旦 鈴木醇一 竹重誠夫)

物件目録(一)、(二)<省略>

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